復興支援事業 ふくしまバトン

熊本 震災復興支援2016

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福島から、心をつなぐ復興支援
子どもがふみだす ふくしま復興体験応援事業

感謝の気持ちを込めて

ふくしまバトン代表
沼崎 なな香

4月14日熊本地震が発生し、その後も大きな余震が何度も起こり、家が崩壊してしまい、避難している方々をテレビで見て、胸が痛むと同時に、私はあの日を思い出しました。
2011年3月11日に起きた東日本大震災です。福島市に住む私達は津波には遭わず、自宅も中はごちゃごちゃでしたが崩壊はしませんでした。ただ、放射線の影響は5年の月日が流れた今でもあります。被害の種類は違うけれど、災害被災者同士もしかしたら分かり合えるところがあるかもしれない。この5年間ずっと福島で生きてきた私達だからこそ出来ることがあるかもしれない。と思い、今回の事業を行うことを決意しました。
しかし、準備が進み内容が具体的になっていく中で、不安や迷いも出てきました。芸能人でもない私達が熊本を訪れ、短い期間で本当に何かできるのか。メンバー一人一人が自分と向き合い、自分にできること、できないこと、できないかもしれないけれどやりたいこと…を考えました。そして話し合いを重ねていくうちに、自分達なりの目標が見えてきました。それは、やはり自分達の存在は小さいけれど、小さいなりに自分達ができる精一杯で向き合いたい。何か出来るわけではないかもしれないけれど、震災から間もない時期だからこそ、ただそばで一緒に同じ時間を同じ場所で過ごしたい。ということです。
そのような気持ちを正直に話すと、西原村の皆さんは、福島の子供達がしたいことなら協力するよ。と言ってくださり、準備の段階からとても温かい心で協力してくださいました。また、西原村の皆さんと私達を繋いでくださった岡山大学教授の前田芳男先生、連携団体としていろいろな場面で影から支えてくださったおかやまバトンの皆さん、まだまだ書ききれない程のたくさんの方々の協力があり、この事業を行うことが出来ました。西原村の皆さんと出会い、同じ時間を笑い合いながら過ごしたことで、メンバー一同何かを学び、逆に勇気や自信をいただきました。この場をお借りして改めてお礼申し上げます。
最後になりましたが、今後とも私達の活動にご理解を頂き、ご指導ご協力賜りますよう謹んでお願い申し上げます。 

1.実施主体「ふくしまバトン」

ふくしまバトンは日本舞踊を習う花柳流福島里の子会という団体のメンバーで結成されたボランティア団体で、現在幼稚園生から大学3年生までの30名で活動しています。
東日本大震災直後2011年に放射線の影響で毎年行っていた夏合宿の宿が取れなくなりました。そんな時に夏合宿として「おかやまバトン」の皆さんが岡山に一週間招いてくださり、その関係が5年間続く中で、おかやまバトンの皆さんと共に過ごす一週間は私達の心の支えとなっていきました。3年目には、おかやまバトンの皆さんのように誰かを支えられる人になりたいという想いから「ふくしまバトン」を立ち上げました。また、昨年5年目には、これからは支援して支援されるという関係ではなく、支援者同士として繋がっていきたいと思い、夏合宿を最後とさせていただきました。
いつか共同企画をすることを目標とし、5年間の感謝の気持ちをおかやまバトンの皆さんはじめ、岡山のたくさんの方々に精一杯の踊りで伝えることができました。そして今回の事業は目標としていた初めての共同企画となりました。
ふくしまバトンの主な活動としては、福島市の仮設住宅を訪れ、踊りを披露したり、踊りの体験をしていただいたりする慰問活動。また震災の影響や少子高齢化の影響で消滅の危機にある福島の民俗芸能を教わり、人手が足りない時に踊らせていただくという活動をしています。
このように、誰かを支えられる人になることを大きな目標とし、福島に生まれ生きている私達だからこそできることを模索しながら活動しています。

ふくしまバトンとおかやまバトンそれぞれ新幹線で熊本駅まで移動し、宿(熊本青年会館)にて最終打ち合わせをしました。

2. 連携団体 「おかやまバトン」

おかやまバトンは東日本大震災を受けて、岡山県内の学生と大学職員を中心に設立されました。「息の長い被災地支援」、「岡山で・岡山だからできること」を軸とし、東北からは離れた岡山という地で長く支援を行うことで、被災地の力になること、そして災害の少ない岡山県の防災意識を向上させることを目的とし、現在15名で活動しています。
主な活動としては2011年から毎年夏には里の子会の子どもたちを、冬には宮城県の志津川中学校野球部の子どもたちを一週間ほど岡山県に招待するプロジェクトを実施してきました。震災の影響で合宿所が使えなくなったり、グラウンドの半分が仮設住宅であったりと、思うように活動ができない子どもたちに岡山でのびのびと日本舞踊や野球をしてもらっています。それだけではなく、岡山県内の人々と交流の場を作り、応援している人がいるということを伝え、不安を小さくし、心の支えとなれるような企画を用意しています。
 このプロジェクトでは被災地支援というものを越えて、笑顔の持つ力、人々の温かさ、岡山県の素晴らしさをメンバー全員が肌で感じています。

3. プロジェクトの経緯•目的

■経緯
◦5月上旬:4月14日以降、熊本を中心に九州を襲った大地震の報を受け、ふくしまバトン会議での話し合った結果、被災地を訪れて自分達にできること(日本舞踊披露、浪江焼きそばの炊き出しなど)を行いたいという案が出る。
早速、福島県教育委員会の「子どもがふみだす ふくしま復興体験応援事業」に申請する。
◦5月下旬:福島県教育委員会から助成金がおりる。このことを「おかやまバトン」に伝え、初の共同プロジェクトとして熊本へ行くことを提案し、おかやまバトンの了承を得る。
岡山大学教授前田芳男先生から西原村立西原中学校の松村先生、その生徒達によるボランティア団体「れんこん」を紹介していただく。
◦6月上旬〜下旬:ふくしまバトン会議で、企画内容、日程を詰める。前田先生、おかやまバトンとも話し合い内容を具体化する。
◦7月上旬:これをさらに松村先生、また前田先生に紹介していただいたNPO法人たんぽぽハウス代表の上村香代子さんに伝え、れんこんメンバーとの交流や日本舞踊を披露できる場所、炊き出し時の用具等をご相談する。
福島の子供達のお願いならと快く受け入れ、全面協力していただけることになった。
◦7月中旬〜下旬:細かいスケジュールの調整。材料や必要な物の確保。日本舞踊の稽古。
◦8月上旬:プロジェクト実施

■目的
支援する時に一番重要なのは何かしてあげるという感覚ではなく、おかやまバトンの皆さんが教えてくださった「ただそばで同じ空間を過ごしたい」という想いを持って、自分の出来る精一杯のことをするというところなのだと思います。
今回の事業の目的は、プロジェクトがたくさんの方々に支えていただいていることに感謝しながら、一人一人が自分の力を出し切って、西原村の皆さんと様々な事を一緒にし、同じ時間を過ごすこと。
未来に向かって、心のバトンを繋げること。

1日目

ふくしまバトンとおかやまバトンそれぞれ新幹線で熊本駅まで移動し、宿(熊本青年会館)にて最終打ち合わせをしました。

2日目

NPO法人「たんぽぽハウス」にて福島の郷土料理である浪江焼きそばを作り、地元の人々約60名に配食しました。その後、西原村立西原中学校にて中学生達によるボランティア団体「れんこん」との交流会を開きました。そこでは、自己紹介ゲームや「震災後思ったこと、変わったこと」と「今後どのように繋がっていきたいか」の2つをテーマとしたディスカッション、日本舞踊体験を行いました。最後にふくしまバトンが「福島から愛を込めて」と題するメッセージ(福島の人々からの熊本へのメッセージがたくさん書かれた大きな模造紙)をれんこんに贈りました。それを持ち、全員で写真撮影をして終了しました。
私が実際に熊本の皆さんと会って話しをしてみて思ったことは、被災者同士ではあるけれど、被害の種類が違うため聞かなければわからないこともあるということです。しかし、いつ何が起こるかわからないということを実感し、1度は怯えたが、今は前を向いて生きているという部分では同じだなと感じました。また、同じ想いを持った人達が熊本で精一杯に生きていることを知り、「私も負けずにがんばろう」と力がわきました。福島と熊本は距離が遠いため、頻繁に会うことはできませんが、今後はお互いに近況を報告し合い、お互いを励みにして良い刺激を与え合える関係を築いていきたいと強く思いました。

3日目

西原村の神社(八王社)で行われた復興イベントに参加し、地元の人々と流しそうめんや熊本の郷土料理であるだご汁を食べました。その後、同中学校にて「日本舞踊披露、体験及び茶話会」を開き、仮設住宅と避難所の住民達約40名が参加しました。そこでは、日本舞踊7曲を披露し、童謡「ふるさと」の踊りを教え、一緒に踊りました。茶話会では日本舞踊の感想や福島の現状、熊本の現状などを和やかな雰囲気で互いに話し合いました。また日本舞踊のお礼にと参加者の1名が熊本民謡「おてもやん」を歌い、手拍子をして全員が一体となり終了しました。
参加した方々は「福島から来てくれてありがとう。感動したよ。」や「福島も大変だったね。お互いがんばろうね。」など温かい言葉をかけてくださいました。そのことから、私達の拙い踊りでも心を込めて精一杯に踊れば喜んでいただけること、日本舞踊はコミュニケーションを取るための最初の手段になり得るということがわかりました。今後も日本舞踊を生かして出来ることを探していきたいです。

4日目

宿にてふくしまバトンとおかやまバトン全員で反省会をし、新幹線でそれぞれ帰路に着きました。

成 果

準備の段階から一人一人が自分を見つめ直し、自分に出来ることは何なのかを考え、「支援する」ということの難しさや自分達の未熟さに気がつき、自分達の出来ることは小さいということを自覚した。
また一人一人が出来ることは小さくても全員で協力することで、たくさんの「ありがとう」という言葉をいただくことができた。たとえ自分の出来ることが小さくても一人一人がそれを精一杯にして、周りの人達と協力することが大切だという結果が得られた。
•西原村の皆さんは、笑顔を絶やさずとても元気だった。震災後まもない時期だったため、そのパワーに本当に驚いた。住民同士が助け合い、協力する体制ができている。これは福島にも生かすことができるので実践していきたい。またこのことはテレビの情報だけでは分からなかったことで、実際に現地に行き、現地の人々と話すことが重要だと感じた。
•17日の経験から自分達の目指して行く支援は「笑顔の交換」であると方向性が定まった。
•18日の経験から、自分達の日本舞踊でも精一杯踊れば喜んでいただけること、日本舞踊はコミュニケーションをとるための最初の手段となり得るということが分かった。また感謝の言葉をかけて頂いた時の嬉しさ、達成感を味わい一生心に残るような経験をし、より誰かを支えたいという気持ちが大きくなった。
•現地に行き現地の人々と関わり、改めて人の優しさや強さを感じた。震災から間もない時期にふくしまバトン、おかやまバトンを熊本に迎え入れる優しさ。住民同士が協力して前を向いて生きていこうとする強さ。東日本大震災の時、福島にも優しさや強さがあった。時が流れるにつれて、感謝の気持ちや自分の中にある優しさや強さを忘れかけていたことに気がついた。その心を大切に持っていれば、お互いに支え合いながら前を向いて繋がっていくことができると思った。
•改めて「ただそばで一緒に同じ空間を過ごす」ということが一番重要だと実感した。今回の事業の様々な場面で一緒に過ごすことでお互いを知り、住む場所や災害の内容は違うけれど、前を向いて生きているという部分では同じだと感じた。
またそう感じたときに安心し、勇気が出た。そうやって、共に歩んでいく存在がいるということを知ったことがこれから生きていく上で力になると思う。

課 題

今後の課題としては、していきたいことは定まってきたが、それを実現していく方法を模索していくことだ。熊本と福島は距離が遠いため、なかなか実際に会うということが難しい。そんな中でどうやって共に歩んでいくのか、方法を考えていくこと。
また今回、連携団体のおかやまバトンの自分より相手を最優先に考え行動するというところを間近で見て、ふくしまバトンはまだまだだなと感じた。今回の事業を無事終えられたのもたくさんの方々の協力があってのことだ。協力していただけていることへの感謝の気持ちを忘れず、おかやまバトンのようになれるよう自分達ができることを少しずつ増やしていきたい。
また今回、日本舞踊が自分達を表現することができるものだということを知ったので、日本舞踊を生かしてできることを今後も探していきたい。

成果発表会

平成29年1月28日、福島県教育庁「子どもが踏み出す復興体験応援事業」の成果発表会が行われ、代表者9名が熊本での活動について発表しました。
この事業を実施するにあたって、私達だけでは難しい部分も多く、準備の段階からたくさんの方々に協力していただきました。また現地での活動中、様々な場面で熊本の皆さんの笑顔や元気な力、温かい言葉に逆に私達が支えられていたなと思います。
今回関わってくださった全ての方々の支えのおかげでこの事業は無事終えることが出来ました。本当に感謝しています。またこの出会いを大切にして、感謝の気持ちを忘れずに、これからも熊本の皆さんとお互いを励みに支え合いながら前を向いて繋がっていきたいと思います。

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